宇宙開発のはじまり 5
一方、ロシアの側では、金星および火星探査機では失敗したものの、10月にはボスフォード1号が史上初めて3人の乗員を乗せ、軌道を16周しています。
翌1965年には、ボスフォード2号が打上げられ、宇宙遊泳も行われましたが、ソユーズによって再開されるまでのその後2年間はロシアの有人飛行は中断されたのです。
けれども米国側では有人飛行計画を引き続き進めていました。
1965年3月には、グリソム、ヤング両飛行士がジェミニ3号で、初めて軌道上での有人操縦を行いました。
その後ジェミニ4号、5号と続いた打上げは、ジェミニ6号、7号ではランデブー飛行を行い、お互いに30センチメートルの距離に近付くことに成功しました。
1966年は、1月の打上げラッシュで始まりましたが、その中で失敗したのはただの1回に過ぎませんでした。
成功した中にはロシアのルナ9号が含まれています。
ルナ9号は3日をかけて月に到着し、それから3日間月表面の写真を送り続けてきました。
けれども2ヶ月後に打上げられた月面着陸を狙ったと思われるコスモス111号は、地球低軌道を2日間回った後に失敗に終っています。